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ストレスとどう付き合えばいい?

ストレスとどう付き合えばいい?

胃がキリキリ痛む日々

私の長男は、今年中学3年です。そう、受験の年です。部活も夏で引退し、「いよいよ受験モード!」となってくれたらいいのですが、なかなか親の思うように勉強してくれない…。世の中のお父さんお母さんの多くが、同じ悩みを経験されているのではないでしょうか。


かつて私が受験生だった頃、「受験は親のほうが大変」という言葉を耳にしました。「そんなアホな! 本人が一番大変や!」と思いましたが、親になって胃がキリキリ痛む日々を過ごしてみて、まったくその通りだと思います。

お坊さんだからあらゆる悩みから解放されるかというと、そんな簡単なものではないのです。

お釈迦さまの決意

そんなわけで、「ストレスなく生きる方法」があるなら、むしろ私のほうが教えてほしいぐらいなのですが、仏教からヒントをいただいていることを少しお伝えしたいと思います。


お釈迦さまは29歳で出家し、6年間の修行の果てに、35歳でさとりを開いたとされます。

しかし、その直後は、肝心のさとりの教えについて語るのをためらわれます。その理由は、「オレの境地深すぎるし、他人に伝えるなんて無理ゲー」と思ったからだと言われます。そこに梵天が何度もあらわれ、「頼む!なんとかクリアしてくれ!」と繰り返し懇願します。

お釈迦さまは、しつこく現れる梵天に「どうせ無駄やって」と再三追い返しますが、ついには「駄目もとでやってみるかぁ」と、生涯かけて無理ゲーに挑むというストレスフルな決意をします。

弟子たちは完全なさとりの境地に達したわけではないので、お釈迦さまでさえ無理ゲーはクリアできなかったのかもしれません。しかし、今日にまで続く仏教は、お釈迦さまのこの決意なくして生まれなかったのです。

たとえストレスフルでも

このエピソードから、私たちはいくつかの教訓を学ぶことができると思います。

一つには、他人の心のありようを変えるのは、ほとんど不可能なぐらい難しいこと。
もう一つは、その「無理ゲー」にチャレンジせずに生きるほうが、人生の無難な選択肢だということ。
そして最後に、ストレスフルな「無理ゲー」にチャレンジするなかでこそ、開けゆく世界があること。

私たちは、自分自身の当たり前が他人に受け入れてもらえないとき、「なんで理解してもらえないんだろう…」とイライラが募ります。でも、他人の心は簡単に変わるはずもないので、イライラしても逆効果でしかありません。冷静に落ち着いたうえで、自分自身の当たり前を押し付けずに無難に生きるのか。あるいは、他人に理解してもらうためのストレスフルな努力を重ねる旅路を行くのか。どちらを選ぶかは、あなた次第です。

受験生の親が選びがちなのは、子供の心の奥底にあるらしい伝説の秘宝「やる気スイッチ」を探す旅路。私も、冷静さを心がけながら、子供の将来を願いながら、心折れずにストレスフルな冒険の旅を続けたいと思います。

文 龍岸寺住職・池口龍法